東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)120号 判決
一 取消事由(一)について、
苛性ソーダと水硫化ソーダを化学反応させて、硫化ソーダを得る方法が公知であること、および一般に溶解度曲線を利用して晶析を行うことが実験室における方法としては公知であることは、原告において自認するところである。
原告はこれらの公知の方法が従来産業的に行なわれたことがないことを根拠として、これらの公知の方法の組合せによる本願発明の構成自体、従来の産業界の常識を破るものであり、格別の発明力を要すると主張する。
一般に複数の公知の方法を組合せて構成した発明においては、たとえそれらの公知の方法が従来産業的に利用されたことがなくても、それらが産業上利用されうるものであり、当業者にとつて、その組合せに格別の困難性がなく、その組合せによつてもたらされる効果も、普通に予測される程度をこえるものでない場合には、その発明には進歩性がないといつてよい。
これを本願発明についてみると、前記のような公知の方法が従来産業的に利用されたことがなかつたかどうかは別として、これらが産業的に利用しうるものであることについては多言を要しない。原告は、苛性ソーダと水硫化ソーダとを反応させて硫化ソーダを得る方法は費用が高価になるため産業的にこれを行うという試みは全くなされていなかつたと主張するが、産業的に利用することが採算上行われなかつたということは、それが技術的に困難かどうかとは全く別個の問題である。したがつて、たとえ前記の公知の方法が従来産業的に利用されたことがなく、その組合せもまた試みられたことがなかつたとしても、それは本願発明が新規であるというに過ぎず、その組合せが当業者にとつて容易かどうかの検討をすることなしに、直ちに進歩性の根拠とすることはできない。
成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、結晶成長部に供給する過飽和溶液を得るために化学反応が用いられることが記載されていることが認められる。ここで成長させる結晶を硫化ソーダの結晶とすれば、化学反応としては硫化ソーダの合成反応がとられることは明らかであり、硫化ソーダの合成反応として、公知の苛性ソーダと水硫化ソーダとの反応を採用するのに格別の困難性はない。また第一引用例に記載された晶析においても、実験室において行われているのと同様に溶解度曲線を利用することができることはいうまでもない。しかも第二引用例に硫化ソーダの<省略>水塩および6水塩の溶解度曲線が示されており、これによつて、本願発明の構成要件の一つである反応槽出口における硫化ソーダ濃度を三五パーセント以上になるようにすれば、結晶水の少い硫化ソーダの結晶である<省略>水塩および6水塩の結晶が析出することは当事者間に争いがない。してみれば、硫化ソーダの晶析に第二引用例の溶解度曲線を利用することに格別の困難性はないといえる。
したがつて、原告の前記の公知の方法の組合せ自体に格別の発明力を要するという主張は採用することができない。
二 取消事由(二)について
原告は、本願発明により、従来市場にはなかつた<省略>水塩、6水塩のみならず、実験室において作られたことのない5水塩の硫化ソーダを産業的に製造できるようになつたと主張する。
ところで、前記のとおり、第二引用例に示されている硫化ソーダの溶解度曲線によつて、本願発明の構成要件の一つである反応槽出口における硫化ソーダ濃度を三五パーセント以上になるようにすれば、<省略>水塩および6水塩の結晶が析出することは当事者間に争いがなく、これらは、本願発明の目的とする結晶水の少ない結晶硫化ソーダにほかならない。したがつて、本願発明により、結晶水の少ない結晶硫化ソーダが得られるという作用効果は、当業者にとつて、第二引用例から当然予測される範囲内のものである。
なお成立に争いのない甲第二号証(本願特許公報)によれば、5水塩<省略>水塩、6水塩の硫化ソーダの結晶は、いずれも潮解性の極めて少いもので、実用上はこれらの間に特に差異がないことが認められるから、たとえ本願発明により、未知の5水塩の硫化ソーダの結晶が得られたとしても、格別顕著な効果であるということはできない。
三 以上のとおり、本件審決には原告主張の違法はなく、その取消を求める原告の本訴請求は失当であるから棄却する。